『スキップ』
そこを通りかかったとき……寒いから近道するために商店街を大通りに向かって、昔お好み焼き屋だった所の脇の道を抜けるとすぐに土手がある。その土手を通ったとき。南に背を向けて歩いていたら、水位の下がった川の小さいテトラポットを重ねて針金でまとめたようなゴツゴツした所に座っている人がいた。
空を見ていた。大きな川ではないからすぐ近く。髪が短いから男の子かと思ったけれど、肩のラインや生え際の柔らかそうな毛で女の人だと判断した。表情もよく見えた。目には憂いも、悲しみもなかった。楽しそうでも嬉しそうでもない。本当に空を見てるのかもわからない。
向こう岸には犬と散歩している人影が見える。前かがみで。犬が気をつかいながら歩いているようだ。おそらく年寄りだ。女性はそれを見ているのか。何のために。空を見ているなら意味はなくても許されるのか。
立ち止まり沈みかけの太陽に顔を向ける。犬と年寄りが木の陰に入る。向こう岸には誰も見えなくなる。動くのは弱い風にそよぐ河川敷の木の影。橋を通る車。


急に僕のマフラーを揺らした強い北風。カラカラと枯れ葉を水面に落とした。女性の短い髪も揺れた。太陽はあと少しで見えなくなる。あたりは薄暗くなって女性の表情はもう見えない。ここには街灯がない。一分も経たないうちにみるみる暗くなる。女性が去った気配はないが目を凝らしても姿は見えなかった。
何をしているのかと。せっかく近道をするためにこの道を選んだのに自分は何をしているのだと再び南を背に歩き出した。おそらく誰もいないから。河川敷に腰掛けている女性以外、僕の姿が間近に見える人はおそらくいないから、寒いし久しぶりにスキップでもしようかと大きく手を振りあげた時、背後からザブンと水音がした。僕は振りあげてしまった手をそのままに、頭だけで後ろを振り返ったがここには街灯がない。
僕はさっきまで太陽があった方をむいて目を凝らした。遠くに家の明かりが見える。僕の家ではないけれど母が僕のために夕ご飯を作って待っているはずだから。もう一度手を振りあげてスキップで帰った。




05.12.19