『パパとクロウ』
その日、パパとクロウは夕ご飯を二人で食べた。
晴れた午後。白い月の夜。パパの視線はテレビとテーブルを往復し、クロウの口は咀嚼だけを繰り返している。
「まだ、あるぞ」
テレビから発されている笑い声の隙間をやっと潜り抜けたパパの声に、クロウは何も言わず垂れている頭をいっそう下げた。頷いたのだ、とパパは判断する。
テーブルにはホクホクの湯気を撒き散らす土鍋。クロウは少し頭を上げ、菜箸代わりの割り箸で白菜を取り出した。


食事が終わると、パパはお風呂に入った。クロウは台所で明日の弁当の準備をしながら舌打ちをした。
クロウはパパが大嫌いで、パパはそれを知っている。でもパパは、パパが入った後のお風呂に、クロウが入らないことまでは知らない。
お風呂から出たパパが化粧品のにおいを発しながらやってくると、クロウの背中に向かって「ちょっと出てくる」と顔を見ずに呟いた。
「帰りは代行でね」
振り返りながら“危ないから”と付け足すと、今度はパパが無言で頷き、手を振った。
玄関のドアが閉まる音が聞こえると、すかさず湯船を綺麗に洗い、給湯のスイッチを押す。鼻歌を歌いながら、湯船が綺麗なお湯で満たされていくのを彼女はじっと見ていた。




ギクシャクした空気の中で、何年も同じことを繰り返している。クロウは時々泣くけれど、パパがその肩を抱きしめることはない。パパとクロウは、こうして毎日を過ごしている。24時間、二人の間にはすれ違いしかなくて、互いに理解し合う姿勢もない。
クロウは、パパが誰かに「あんな奴、はやく死ねばいい」と話していたのを聞いているし、パパはクロウが「あんな奴、知らない」と誰かに言っているのを知っている。
パパとクロウの絆は、憎しみと嫌悪。それが親子だと、もうすぐ25になるクロウは笑って話していた。




05.11.20